【トーショク通信】第120号
新所沢の不動産会社トーショクが発信する
所沢・不動産売却・トーショクの話
こんにちは。トーショクの舞草亮です。今年も4月に奥武蔵を歩いて桜を見てきました。
奥武蔵ってわかります?ざっくり飯能と秩父の間の山です。
あいにくの曇りで、見頃も少し過ぎていましたが、たくさん桜を見れました。近くで見る桜だけじゃなく、遠くの山に見える桜もきれいです。
車から見る桜、歩きで見る桜、電車から見る桜、それぞれに趣(個性?)があります。
今回は正丸駅まで車で行って、そこから歩きスタートです。正丸駅わかります?
駅で言うと奥から西武秩父-横瀬-芦ヶ久保-正丸-西吾野-吾野-東吾野-武蔵横手-高麗-東飯能-飯能です。
奥武蔵の桜 2026
正丸駅から国道299号を秩父方面に進みます。通り過ぎる民家の庭に(っていうかどこにでも)こんなきれいな桜咲いてました(上の写真)。
少し進んで正丸トンネルの手前の民家にまた立派な桜が咲いていました(下の写真)。でもこの民家はただの民家ではありません。
日本初の帝王切開が行われた家なんです。下の写真は別角度からの写真です。記念碑にはこう刻まれていました。
『本邦帝王切開術発祥の地
1852年6月12日(江戸時代後期)ここ本橋家で、我が国最初の帝王切開術が行われた。
難産に苦しむ本橋みと(1820-1908)の生命を救うため、秩父郡大宮郷(現秩父市)の伊古田純道と秩父郡我野郷南川村(現飯能市)の岡部均平とが、親族への説明と承諾の下に子宮切開術を実施して胎児を出し、産婦も手術によく耐えて、満88歳の長寿を全うした。
鎖国下、オランダ産科書の翻訳を頼りに日本で初めての開腹術、しかも致命率の高かった帝王切開術を、麻酔なしに成し遂げたことは、正に奇跡的成功であった。その後、1879年(明治12年)まで27年間本邦でこの手術が行われた記録はない。
伊古田純道の『子宮截開術実記』の結びには西洋医術の成果に対する感動と確信が述べられている。
術後135年を経過した今日、本橋家の地内に記念碑を建てて、その偉業をたたえる。
1987年6月12日
「帝王切開術発祥の地」記念会
日本医史学会
日本産科婦人科学会
埼玉県医師会』
すごくないですか?翻訳書を頼りに、麻酔なしで、ですよ。
桜を見るためだけに歩いていた私は圧倒されました。次の桜は、、、
旧北川小学校です。明治時代に建てられた築100年以上の木造校舎が今も残っています。桜もきれいで校庭にはたくさんの桜の花びらが落ちていて、雪が降ったみたいです(下の写真)。明治7年開校、平成5年閉校。
入口の看板には『旧北川小学校 山の迎賓館』と書かれていますが、5月に開催されるスポーツイベントのポスターで半分以上が隠れています(下の写真)。
ゴミ置き場の横にもきれいな桜があります(下の写真)。ゴミ出しがたのしくなりそうですね。っていうか道歩いてるといくらでも桜あります(下の写真)。次の桜は、、、
高山不動尊です(下の写真)。関東三大不動の一つとされていて654年の開山です。1300年以上の歴史があり、大イチョウも有名です。長くて急な階段を下ると桜が咲いてました(下の写真)。
高山不動尊から1時間くらい歩いて、前の週に車で来た八徳の一本桜に到着。近くで見るとそこそこデカいのわかります?(下の写真)
本当は顔振峠まで行きたかったけど、体力不足のため八徳から吾野駅に向かいます。
吾野駅のホーム沿いにもきれいな桜が10~20本、咲いてました。吾野駅から電車で正丸駅に戻ります。正丸駅からは車で所沢に戻ります。
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トーショク 舞草亮
追伸
この次の週にも棒ノ嶺(棒ノ折山)の頂上で桜見ました。
トーショク
舞草 亮
まいくさ りょう
1976(昭和51)年
10月1日生 辰年
177㎝77㎏(靴26.5㎝)
所沢出身
若草幼稚園 上新井小 小手指中出身。高校時代は毎日、新所沢の駅から学校に通っていました。子供のころは北所沢町にある剣道道場(マルハ啓道館)に通っていました。所沢では上新井、椿峰、山口、松葉町、東所沢に住んだことがあります。
不動産歴23年。宅地建物取引士・2級ファイナンシャルプランニング技能士・不動産コンサルティングマスター。ちなみに上海で5年仕事をしていたので中国語(HSK6級・HSK口試高級)が少し話せます。
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